夢を見る。
紅く染まった大地。
黒く焦げた空。
そして、大切な人たちの……―
『夢の守護者』
「おい、顔が悪いぞ。寝不足か?」
起きぬけにかけられたリボーンの言葉に、ツナは顔を顰める。
「それを言うなら、顔色が悪いだろ?……ちょっと、夢見が悪いだけだよ」
つっこみをいれつつも、ツナは小さな声で答えた。
リボーンは一度口を開いたが、何も言わずに登校の準備をするツナをただ見ている。
制服に着替え終わった頃、階下からツナの母親、奈々の声が響いた。
「つっくーん?早くしないと遅れるわよー?」
扉を開けて返事を返し、ツナはリボーンと共に朝食の待つ一階へと降りて行った。
「十代目、顔色が良くないようですが……」
体育の授業中、準備運動が終わると同時に駆け寄ってきた獄寺が心配そうに尋ねる。
後から来た山本も、ツナの顔を見て眉をひそめた。
「ツナ、気分悪いなら言えよ?保健室連れて行ってやるから」
「大丈夫だよ、二人とも」
ツナが心配性な友人二人に笑みを返した時、教師が「集合!」と叫ぶのが聞こえた。
未だにツナを見つめる獄寺と山本を促し、ツナが一歩踏み出す。
その瞬間、ツナの視界がぐらり、と歪んだ。
(あっ……)
「ツナ!?」
「十代目!?」
自分を呼ぶ二人の声を最後に、ツナは意識を手放した。
ツナが目を開けると、そこには紅と黒が広がっていた。
紅く染まった大地と、黒く焦げた空。
ここ最近毎日見るようになった、夢の景色。
ツナはぎゅ、と瞳を硬く閉じる。
見ては、ダメ。
見ては、ダメ。
粘つく紅の正体も。その先にある、見慣れた大切な人たちの姿も。
―………―
しかしふと耳に馴染んだ複数の声に呼ばれた気がして、ツナはそっと瞳を開ける。
そして、見てしまった。
血で紅く染まった大地を。
煙で黒く焦げた大地を。
その先で紅に塗れた、大切な人たちを。
「あ……」
ツナの瞳は、仲間の変わり果てた姿に凍りつく。
いつもならここで目が覚める。
しかし今回は違った。
いつまでもこの悪夢が終わらない。
ツナの瞳に、涙が浮かんだ。
手がカタカタと震え、滲んだ視界はしかし、その光景を鮮明に映し出す。
「い、やだ……」
かすれる様なツナの声を聞くものは誰もいない。
覚めて、と願う声も届かない。
「……けて……」
―たすけて―
途切れたその呟きに、この場にそぐわない声が返った。
「沢田綱吉?」
虚ろな瞳を上げると、いささか驚いたような顔がそこにあった。
見覚えのあるその顔と声に、ツナは震える声で名前を紡ぐ。
「む…く、ろ……どう、して……」
「散歩をしていたら、興味深い夢を見つけたもので。まさかあなたの夢だとは思いませんでしたよ」
そう言って骸は、その世界を見渡した。
暗く、悲しいその世界を。
そして片膝をつき、座り込んでいるツナと視線を合わせる。
そんな骸に安心したのか、ツナはぽつりぽつりと語りだした。
「指輪争奪戦が終わった辺りから、毎日この夢を見るんだ。だから俺、眠るのも怖くなった。
眠ったら、夢で皆が……し……」
―シンデシマウカラ―
最後は言葉にできずにぼろぼろと涙をこぼすツナの話を、骸はただ静かに聞いていた。
しゃくり上げながら、ツナは続ける。
「あの戦い……ちょっと間違ったら皆本当に死んじゃってたかもしれない。
獄寺君も、山本も、ランボも、京子ちゃんのお兄さんも、雲雀さんも、クロームも、
皆、死んじゃってたかもしれないんだ」
ツナの脳裏に、血を流す友達や先輩の姿が過る。
自分の守護者になったせいで流れた血。
自分のせいで傷ついた、大切な人。
「沢田綱吉」
今まで口を開かなかった骸が、そっと呼びかける。
ツナが顔を上げるのを待ち、骸は静かに続けた。
「これは、夢です。現実ではない。心配せずとも起きたらあなたの守護者は、皆笑っていますよ」
「骸……」
骸は自分の服の袖でツナの目元を拭う。
「だからさっさと泣き止みなさい。あなたの泣き顔を見るのは不快です」
それでも流れる涙に、骸はため息をつく。
「……笑ってください」
「え?」
必死に涙を止めようとするツナは、呟かれたその言葉に骸の顔へと視線を遣った。
クロームの中から見ていたあの笑顔。
優しくて、暖かくて、そんな彼の笑顔が心地いいのだ。
だが、彼の泣き顔は何故か胸をざわつかせる。
骸は右手をツナの方へと差し出した。
「手を」
ツナは言われたとおり、その手の上に自分の手を重ねた。
骸の右目が、数字を変える。
次の瞬間、先ほどまでの地獄の光景は消え失せ、替わりに美しい景色が広がった。
紅い大地は様々な花で覆われ、黒く焦げた空はどこまでも遠く澄んだ青へ。
そして動かなかった仲間たちは、向こうで笑ってこちらを見ている。
その仲間の中には、今隣に立つ骸の姿も千草や犬の姿まであった。
「これ……」
「君が幸せだと感じる景色、ですよ。クフフ、まさか僕や千草たちまで仲間に含まれているとはね」
ツナの涙が止まり、そして優しい笑顔が広がる。
全てを慈しむような、「大空」の笑顔。
その姿に、骸も小さく笑みを零した。
「本当にあなたは、マフィアに似合わない心の持ち主ですね。また嫌な夢を見たら僕を呼びなさい。
すぐに幻覚で消して差し上げますよ」
そう言う骸に、ツナは不思議そうな眼を向けた。
その眼を受け、骸は首を傾げる。
「なんですか?」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?お前、マフィアを憎んでるんだろ?
なんで俺に、そんなに優しくしてくれるんだよ」
その問いに骸はふっと笑った。
「確かに僕はマフィアが憎い。ですが、あなたのことは、嫌いではありませんよ」
その言葉にツナは一瞬ぽかんとしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
骸の好きな、あの笑顔を。
「…ありがとう」
「それと僕が優しい訳ですが、それはおそらく、ここがあなたの夢の中だからでしょうね」
「え?」
首を傾げるツナに、骸はクフフ、と笑うだけだった。
そしてふと何かに気づいたように、顔を空へと上げる。
「あぁ、もうタイムリミットのようですね。では、沢田綱吉。
夢で何かあったらいつでも呼んでください。僕もあなたの守護者ですから」
その言葉に頷いたツナは、自分の体が透け始めていることに気づいた。
おそらく、目が覚め始めているのだろう。
ここから消えてしまう前に、とツナは骸に向かって声をかける。
「ありがとう、骸!お前も何かあったら言えよな?俺の出来ることなら、何でもするから!」
「クフフ、わかりましたよ」
骸が頷いたのを満足そうに見届けた後、ツナの姿は跡形もなく消えうせる。
そして花に囲まれた世界には、骸だけが残った。
骸は自分の胸に下がった指輪をそっと触る。
肉体が遠い場所にある自分は、他の守護者のように彼を守ることができない。
しかし夢の中で彼の心を守ることは、自分にしかできないのだ。
「夢の中の守護者、ですか……。まぁ、もうしばらくはこれで我慢しますか」
いつか彼の隣りに並べる日が来るまでは……。