何時のことだったろうか
空から降り下りる白い結晶を、美しいと感じたのは
何時の頃からだろうか
汚れのないその存在を羨ましく感じるようになったのは

『雪』

ふわふわと空に舞う白い雪を見上げ、綱吉は頬を緩めた。
吐く息は白く、風は全てを凍えさすかのようだったが、まるで花のように降り下りる雪はその眼を楽しませるには十分だ。
空を見上げながら嬉しそうに歩を進める綱吉の肩を、その時大きな手が掴んだ。
「おぉい、歩く時ぐらい前を向きやがれ」
背後からの重低音に綱吉が振り返ると、呆れたふうのスクアーロの表情がそこにはあった。
彼は今日、とあるファミリーとの交渉の席に出向いた綱吉の護衛だ。
綱吉は照れたような笑みを浮かべ、半歩後ろを歩くスクアーロに体ごと振り返る。
「だってさぁ、綺麗だろ?」
雪、と言って空を指さす綱吉の姿は、とても強大なファミリーをまとめ上げるボスとは思えない。
しかし彼は確かに、ボンゴレファミリーのボスであった。
それはスクアーロも十分に知っている。
彼の強さも、勘の良さも、そして何よりも仲間を守り抜くその想いも。
おそらく誰よりもボスにふさわしい資質を持つ彼は、しかし優しすぎるのが難点だった。
そんなことをつらつらと考えているスクアーロは、くいと髪を引かれることで現実へと意識を戻す。
「……なんだぁ」
スクアーロの長髪を一房握る綱吉に、スクアーロは心底呆れた声を出す。
当の綱吉は、ん?と首を傾げて答え、そして明るく笑った。
「いや、同じだと思って」
「はぁ?」
「これ」
そう言って綱吉は、スクアーロの髪を少し掲げてみせる。
「ほら、スクアーロの髪、雪と同じ色だ」
そう言って綱吉はにっこりと笑った。
スクアーロは僅かに瞠目した瞳をすぐに細め、自嘲的な笑みを浮かべる。
「はっ、そんな綺麗なもんじゃねぇぞぉ」
この白金は、今まで幾度となく紅く染まってきた。
もう数え切れないほど血を吸ったこの身。
綱吉がボンゴレのボスとなった今はめっきりその回数を減らしたが、それまでに成してきたことは消えない。
後悔は、していない。
だが自分を綺麗だとは、決して思わない。
「えー、同じだよ。だってスクアーロの髪、綺麗じゃん」
スクアーロの想いをまるで感じたかのように、綱吉は言葉を紡ぐ。
先ほどまでの笑みとはどこか違う、誰よりも優しく何よりも温かな笑顔で。
「俺、好きだよ。この色」
僅かにさす日の光の中、細く光る銀糸の髪を手にしたままで綱吉は言った。
血に染まった白金を、それでも変わらず綺麗だと。
スクアーロの闇の部分を、知らないはずがないのに。
「……そうかぁ」
スクアーロは僅かに口の端を上げ、そして綱吉の頭にその大きな手のひらをおいた。
全てを壊すことしかしなかったこの手。
それを知っているはずなのに全く怯えない綱吉を見て、スクアーロは瞳を和らげた。
この手が壊すだけでなく、守ることもできると教えてくれたのは彼だ。
「俺は雪に似てるのは、てめぇの方だと思うがなぁ」
スクアーロの呟きは、風に紛れて消えた。
雪は、汚れなく美しい。
どんなものも多い隠し、美しく見せる優しい雪はこの男にとても似ている。
心のどこかで自分が憧れ追い求めた、この雪に。
自分のらしくない考えを振り払うように頭を振ったスクアーロは、綱吉の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「わっ、ちょ、スクアーロ!髪がぐちゃぐちゃになるだろ!」
「心配すんなぁ、元から乱れてるからそんなにかわらねぇだろ」
そう言って笑うスクアーロの瞳は、優しい光を宿していた。

その隣にいると、自分も美しくなれる気がした
その傍にいると、どこか温かかった
初めて人を、守りたいと思った
悲しみや痛みに陰らないように
全てを包む美しい白を
世界の全てから、守りたいと思ったんだ