ツナの驚きの声と、クフフという独特な笑い声が重なる。
骸はツナを見下ろし、その色違いの瞳を細めて笑顔を浮かべた。
「先日はどうも、沢田綱吉」
「あ、チョコレート美味しかったってクロームに伝えておいてくれる?」
ツナの頼みに、骸が了承の頷きを返す。
そして本題だというように、ツナの方へ一歩近づいた。
「さて、沢田綱吉。君の体は僕のものですが……」
「違うから!何、その嫌な前提!!」
ツナの叫びをあっさりと聞き流し、骸はさらりと言葉を続ける。
「貴方の心も、僕は手にしたいんですよ。……意味がわかりますか?」
「は?えと……」
首を傾け視線を地に下ろしたツナに、骸は小さく声をたてて笑った。
「貴方は僕を変えた。貴方が僕に新しい世界を見せた。貴方の傍は僕にとって随分と生ぬるくて眩しくて、とても居心地が悪いです。
でも……」
骸はそこで区切り、そして口の端を上げた。
愛おしいものを見るような骸の表情に、ツナは視線を骸から離せなくなる。
「何故でしょうね。僕はそれが、嫌ではないのですよ」
すっと伸ばされた手のひらは、優しくツナの頬を撫でる。
そしてその手に瞬時に現れた槍が、キィンという甲高い音を上げて何かを受け止めた。
「……つくづく、邪魔をしてくれますねぇ。まだ僕の告白は終わっていないというのに」
ぼそりと呟く骸だったが、ツナは状況についていけずに固まっている。
骸の手元を目で追うと、その槍が受け止めているのは鈍く光るトンファーだった。
「気色が悪い。目障りだよ」
黒の学ランと漆黒の髪を風になびかせ、雲雀がそこには立っている。
「ひ、雲雀さん……」
「やれやれ、選手交代ですか?少しフライングではありませんかねぇ」
肩を竦めながらも場所を譲る骸に対し、雲雀はトンファーを納める。
まさか雲雀までもが現われるとは考えていなかったツナが、少し混乱した頭で雲雀を見上げた。
「あの、雲雀さんも、その……」
「何?僕がここにいたらいけないって言うの?」
ぶんぶんと首を横に振るツナに雲雀は満足げに頷くと、ツナに向って薄い笑みを向ける。
「告白ね……僕は君に群れる奴らとは違うから、君に対して伝える言葉なんてないよ」
「で、ですよねー……」
ツナが冷汗をかきながら視線を逸らす。
しかし、雲雀の言葉がほんの少しだけ寂しいと思う自分がいることに、ツナは困惑の表情を浮かべた。
「でも……」
そんなツナの耳に、雲雀の声が届く。
ツナが顔を上げると、普段となんら変わらないはずの雲雀の無表情がどこか温かく感じた。
「君が僕の名前を呼ぶのなら、助けてあげてもいい。僕は君のことを、少しは気にいっているからね」
そして雲雀は、すいとツナから視線を外した。
「何かあったら言いなよ。君なら、守ってあげてもいい」
「雲雀さん……」
ツナが茫然と呟く中、背後で審査員の声がする。
「骸は最初の体云々がなければもっといい線いったでしょうに」
「雲雀はツンデレだしな」
一気に現実に引き戻された気がした。
「で、結局誰が一番なんだよ?」
くるりと振り返るツナの目の前にリボーンが歩み出て、そうだな、と呟いた。
リボーンの次の一言を、皆が固唾を呑んで見守る。
「全員、ドングリの背比べってとこだな。ツナの手作りチョコを得る勝者は、戦って勝ったやつでいいんじゃねーか?」
「そんな投げやりな!?」
ツナは目を見開くが、四人はすでにその気らしい。
むしろ多分、最初からそのつもりだったのだろう。
それぞれ手には馴染みの武器を握っている。
「十代目のお作りになったチョコレート、お前らなんかに渡してたまるか!」
「だよな〜。ツナのチョコは、俺んだからさ」
「邪魔さえ入らなければ僕の勝ちだったものを」
「何それ。夢を見たいなら永遠に寝てればいいんじゃない?手伝うよ」
途端に不穏な空気に包まれる中、ツナは盛大な溜息をついた。
「やっぱ、こうなるんだ……」
「ん?なんだ、ツナじゃねーか」
突如、ツナの背後から声が響く。
聞きなじみのある声にツナが振り向くと、そこには案の定兄弟子のディーノが片腕を上げていた。
「ディーノさん!」
「何だ、何かすげぇことになってんな」
苦笑しながら歩いてくるディーノに乾いた笑みを返し、ツナはそうだ、と一つの提案を思いついた。
ディーノにこちらから駆け寄り、彼を見上げる。
「あの、ディーノさん甘いものは平気ですか?」
「甘いもの?あぁ、好きだぜ?」
ディーノの答えにツナは安堵の息をつくと、手にしていた包みを彼に差し出した。
「良かったら、これ……あの、チョコなんて作ったの初めてで、美味しくないかもしれないんですけど……」
「え、いいのか?あいつらこれで争ってんじゃねぇの?」
これ、とツナの手にある包みを指さすディーノに、ツナは曖昧に頷く。
離れた位置で戦いを繰り広げている彼らのうち、例え誰が残ったとしても後々大変だろう。
それに放っておいたら大事になる可能性が極めて高い。
だからその前に、つまり誰も怪我をしないうちに止める必要があるのだ。
自分が止めに入るのだから、その場合勝者は存在しなくなる。
ツナの考えていることがわかったのか、ディーノは「お前も苦労するなぁ」と笑みの混じった声でツナの頭をかきまわした。
「あ、じゃあ代わりに、これ貰ってくれ」
ツナのチョコを受け取ったディーノがそう言ってポケットから取り出したのは、上品なラッピングがされた小さな箱だった。
ツナのチョコの代わりにそれを手のひらにおいてやり、ディーノは受け取った包みをポケットにしまう。
「え、これ……」
「チョコ。何か美味いって評判らしくてさ、ツナ甘いもの好きだろ?やろうと思って持ってきたんだ」
「わ、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑いながら礼を言うツナにディーノは笑顔を深め、再びツナの頭に手を乗せる。
「ま、バレンタインでもあったし。……知ってるか、ツナ?日本ではどうか知らねぇけど、こっちのバレンタインは大切な人同士が物を交換するんだ。
だから俺たちも交換、な?」
笑みを向けられたツナは、はいと笑顔で頷きを返した。
その様子にディーノはぽんぽん、と軽くツナの頭を叩いてから、彼の傍を離れる。
「っと、もう行かねぇと。渡せて良かったぜ、これ、ありがとな」
「はい、こっちこそ、ありがとうございました!」
ディーノがひらひらと手を振る。
そしてその場を去りかけて、しかし再びツナの元へ戻り小さな声でツナに耳打ちした。
「また、来年も交換しような」
「……はい!」
嬉しそうなツナの声を背に、ディーノは部下を待たせている場所へと足を進める。
大切な人と交換した、チョコレートをそのポケットに入れて。

後日談。
「お前はツナからのチョコレート、欲しくなかったのか?」
元生徒の電話越しの声に、リボーンは何をいまさらと呆れたような声音で応じた。
「俺は一番先に貰ってんだ。お前らと一緒にするな」
「さようで」
何処か勝ち誇ったかのようなリボーンの声に、ディーノは一番のライバルが誰であるのかを改めて思い知らされることとなった。