涼しくなりだした風が頬を撫でる。
思いのほか冷たいそれに身を竦ませて、ツナは傍に立つ人を見上げた。
彼が羽織る黒の学ランが、風に揺れた。
『太陽と月』
「わぁ、まだ6時過ぎなのに随分暗いですね」
校門をくぐったツナが感嘆の声を上げると、後ろから来た雲雀が目を細めた。
「もう10月も半ばなんだから、当然でしょ」
そのまま歩を進める雲雀を、ツナは慌てて追いかける。
雲雀はツナが隣に並ぶのを少し先で待っていて、そしてゆっくりと歩き出した。
「もうすぐ冬ですね」
ツナが嬉しそうに言うのを聞いて、雲雀は首を傾ける。
「沢田は冬が好きなのかい?」
「え?別に特別好きってわけじゃないですけど……雪合戦とかで遊べるのが楽しいなって思うだけです」
あとお年玉もクリスマスもあるのが嬉しいです、と続けるツナに、ふぅんと雲雀は相槌を返す。
「あ、雲雀さん見てください」
ツナが楽しげな声を上げ、空を仰いだ。
雲雀も彼に習って空を見上げるが、そこには黒い空と疎らに散らばる星、そして煌々と輝く月だけしか
存在しない。
「何かある?」
「月がすごく綺麗です」
ツナは笑顔で言った。
冬が近づき、澄んだ空気の中で月は確かに美しく輝いている。
黄色よりもずっと白に近い色で、地上に静かに光を下ろす。
「雲雀さんって、月みたいですよね」
「……は?」
突然自分の方を向き、笑顔で告げたツナに、雲雀は間の抜けた返事を返す。
それに構わず、ツナは続けた。
「雲雀さんは、冬の月に似てます。凛としてて、静かで、夜の空で一番強く光ってる」
ツナは笑顔のまま雲雀を見上げた。「雲雀さん、知ってますか?どれだけ夜が深くても、絶対に光はあるんですよ。太陽がなくったって、
光をちゃんと、月がくれるんです。月ってすごいですよね」
優しいですよね、と笑ったツナに、雲雀は苦笑した。
「それの何処が僕に似ているんだよ」
「似てますよ。どんなに暗くったって輝いてる、皆に光をくれる、そんなところが似ています」
ツナの真剣な言葉に、雲雀は小さく笑った。
最強で最恐と恐れられる自分を、月に例えた者は誰一人としていなかった。
他の誰かに言われてもきっと、だからなんだと思うだけだろうけれど。
だが、彼に言われると悪い気はしない。
「随分と風流なことを言うものだね」
雲雀の言葉に、ツナはまた笑った。
夜空でただ一つ、強く冷たく輝く月。
そう考えたなら確かに自分と似ているかもしれない。
しかしツナは、月が闇に光を与えると言う。
そしてその月が、雲雀に似ていると。
雲雀は僅かに笑みを乗せた唇で言葉を続けた。
「なら、沢田は太陽だね。君は春の太陽に似ているよ」
「え、俺ですか?」
首を傾けるツナに、雲雀は頷きを返した。
木漏れ日を生む、全てに平等に降り注ぐ暖かな太陽。
優しいその光が、彼ととてもよく似ている。
いつだって優しくて、温かな笑顔の彼に。
首を捻るツナの一歩手前を歩く雲雀は、ふいに足を止めた。
彼の半歩後ろで、ツナも立ち止まる。
「雲雀さん?」
雲雀は空を仰いで、その瞳に月を映しながら言葉を紡いだ。
輝く月の光が優しい、その訳は。
月が何よりも強く輝ける、その理由は。
「知っていたかい、沢田。月が光るのは、太陽の光を反射しているからなんだ」
まるでそれは、僕たちのように
太陽がなければ、月は輝くことはできない
太陽があるからこそ、月は輝くことができるのだ