手が冷たい人は、その分心が温かい。
そんな話を、思いだしたんだ。

『手のひらの温度』

冬まっただ中の日曜日。
外から寒さに負けない子どもたちの声が賑やかに聞こえてくる中、ツナは鉛筆を片手に頭を抱えていた。
その前には呆れたように目を細める、骸の姿がある。
「はぁ、どうしてこんな簡単な問題が解けないんですか」
心底呆れた、といった骸の声音に、ツナはう〜と小さく唸る。
学校から出された課題プリントは、まだ半分も終わっていなかった。
偶然訪れたせいで臨時家庭教師となった骸は、文句を言いながらもその指で問題を示す。
「ですから、ここの数をxにおいて……」
「え、こっちじゃなくて?」
「今出さないといけないのはこっちでしょうが」
まじまじと問題を見つめるツナに、骸は小さくため息をついた。
そしてまだ考えているらしいツナの為に、少し時間をおく。
「……理解できましたか?」
「骸、お前指長いよな〜」
ツナの突然の言葉に、骸は一瞬動きが止まる。
そして傍にあった教科書で、少し強めにツナの頭を叩いた。
「いてっ!」
「貴方は一体何を考えていたんですか」
てっきり問題の答えを考えていると思っていただけに、骸は深くため息をつきながら言葉を紡ぐ。
「え、だってほら、俺の手と全然違うだろ?」
開いた手のひらを骸の方へと向け、ツナは「合わせてみろ」と言外に示す。
骸はしぶしぶといった体でツナの子どもらしい小さな手のひらに自分のそれを重ねた。
「ほら、一回り以上も……って、骸の手冷たいな」
ひやり、とした細い指を感じて、ツナは骸を見上げた。
それに対して骸は、そうですか、と首を捻る。
確かに骸に伝わるツナの手のひらの温度は、骸のものより数段に温かかった。
「そう言う貴方は随分……」
そこまで言いかけて、骸はツナの表情に気がついた。
それ以上言うな、と目が訴えている。
表情全体で次に来るであろう言葉を否定していることがわかったので、骸は優しく口の端を上げた。
そしてその笑顔のまま、
「随分、子ども体温なんですね」
ツナが聞きたくなかった単語を、しっかり、はっきり、正確に告げた。
「〜っ!どうせ俺は子どもですよ〜だ!」
いじけるツナに笑みを零し、骸はまぁまぁと彼をなだめる。
「いいじゃないですか、子ども体温。カイロいらずで」
「それ慰められてるのかからかわれてるのか、微妙」
ツナの不満そうな声に、骸はその長い指を口元に宛がいながら答える。
「じゃ、からかってるととっていただいたら結構ですよ」
「って、普通反対だろ」
持前の突っ込みを披露しつつ、ツナは諦めたのか後ろについた手に体重をかけて天井を仰いだ。
そして、ふと思い出したように口を開く。
「そういやさ、手の冷たい人は心が温かい人なんだって」
「は?何ですかそれ?」
怪訝な表情を浮かべる骸に、ツナは「知らないの?」と首を傾ける。
それはいつ、誰から聞いたのかもわからない一つの俗説。
手の冷たい人の心は、その冷たさの分温かいのだと。
そう簡単な説明をして、ツナは柔らかく笑って言った。
「だから骸も、心が温かいんだな」
「は?僕の何処が……」
心底驚いて目を見開いた骸に、ツナはだって、と笑みを向ける。
「お前は確かにすぐ俺のことからかうし、意地悪だけどさ、それでもいつだって俺達のこと、
助けてくれただろ?」
マフィアが嫌いと言いながら。
それでも多くの場面で、彼はその手を差し出してくれる。
仕方がない、今回だけだと言いながら、それでもずっとこの場所に居てくれている。
「骸は態度は冷たいけどさ、ほんとは優しいんだって思うよ」
そう言ってツナは、ふわりと笑った。
極自然に発せられたツナの言葉に固まった骸は、暫くしてからその瞳を細める。
「……くだらない。そんなのただの俗説に過ぎませんよ」
ぼそりと呟かれた言葉に、ツナはでも、と続けた。
「でも、骸が優しいっていうのは本当だよ」
ツナの言葉が響く。
その声は何処までも真実の想いを伝えていて、何よりも温かな響きを持っていた。
ツナのその優しい笑顔を見て、骸はもう一度言葉を紡いだ。
ツナには聞こえないように、外から聞こえる子どもの声に紛れる程小さな声で。
自分の想いに、気づかれぬように。
「貴方の心の方がずっと、優しくて温かいでしょう?」

手の冷たい人の心が温かいなど、俗説でしかありえない
なぜなら
誰よりも温かい心を持つ貴方の手のひらが
こんなにも、温かいのだから―