いつからだったろう
その温かさを、心地よく感じるようになったのは
いつからだったろう
君と共に在る日々に、幸せを感じるようになったのは
『To 霧』
さわり、と足元の草が音をたてる。
湿気を多く含んだ風が木々を、草を、そして一人佇む骸の髪を乱していく。
それでも骸は少しも動かず、ただ足元で揺れる草を見つめていた。
先ほど、連絡が入った。
沢田綱吉の死亡。
ぎり、と強く唇を噛む。
僅かな鉄の味が口内に広がるが、構わなかった。
「全く君は、何を……やっているんですか……」
骸は一人、小さく呟く。
それはツナが怪我をして帰ってきた時に、骸がいつもかける言葉だ。
呆れたようにそう言えば、いつだってツナは罰が悪そうに首を竦めた。
―気をつけては、いたんだよ?
困ったように眉を下げ、しかし口元には笑みをのせて答える声が、すぐにでも思い出せる。
しかし今、ツナの答えは聞こえない。
ざわり、と木々がたてる音が響く。
どうして彼の声が聞こえない。
どうして彼の姿がない。
どうして、
―骸
僕の名を呼ぶその声が、僕に届かない。
骸は左手で顔の半面を覆った。
自分らしくないことはわかっている。
だが、感情が乱れることを止められない。
骸はできるだけ静かに息を吐く。
そして、着ていたスーツの内ポケットから一通の封筒を取り出した。
差出人も宛名も書かれていないそれは、骸が常に持ち歩いている小振りの鞄に紛れていたものだった。
正確に言うならば、「入れられていた」もの。
骸には、それが誰によって書かれたものか予測できた。
そっと、ゆっくりと、骸は封筒から便箋を取り出す。
そこには予想通りの、見慣れた筆跡の文字が並んでいた
『骸へ
初めて骸に書く手紙が、こんなのでごめんね。
骸はきっとまた、「全く君は、なにをやっているんですか」って、呆れた顔で言ってるんだろうね。
そういえば、骸にはよく怒られたなぁ。
「もっとボスとしての自覚を持て」とか、「甘すぎる」とかってさ。
でも、それ全部俺のこと心配して言ってくれてるってこと、知ってたよ。
ありがとう。
一緒に戦ってくれて。
マフィアのことを憎んでいるのに、ここにいてくれて。
骸は否定するけどさ、やっぱり俺は思うよ。骸は本当に、優しいんだって。 』
「……クフフ、相変わらずの、お人よしですね」
骸は小さく笑って呟く。
懐かしそうに、愛おしそうに細めた瞳に映るのは、ずっと隣に在った彼の姿。
この自分を「優しい」と表現した、沢田綱吉の笑顔だ。
骸は、荒立っていた心が落ち着くのを感じていた。
いつだってそうだ。
沢田綱吉はいつも、ささくれた心をその優しさで、その温かさで包みこむ。
死んだあとも、なお。
骸は大切にその便箋を封筒に戻し、内ポケットへとしまった。
あぁ、今頃気づいたのだ。
貴方が、僕にとってどれほど大切だったのかを。
最初は体を乗っ取ることだけが、目的であったはずなのに。
いつの間にかその心に、優しさに、温もりに心を奪われた。
「僕は貴方のことを……愛していたんですね」
ふ、と笑って骸は、屋敷を出るために足を進めた。
「貴方の為にできることを、もっと早く探せば良かった」
もっと、もっと、貴方が笑顔でいられるように。
共に在るだけでなく、共に戦うだけでなく、貴方の為にできることを。
「まぁ貴方は、傍にいてくれるだけで十分だと言いそうですけどね」
そう言って骸は、空を仰いだ。
気づいたんだ
君がどれだけ大切であったか
だから僕は
僕のやり方で、君の仇を討ちましょう