大好きだったんだ。
その声も、その笑顔も、その温もりも。
泣いているオレをいつも、困ったような、でも優しい笑顔で慰めてくれた彼。
でも今、どれだけオレが泣き叫んでも、どれだけ彼の名前を呼んでも
あの優しい声はもう聞こえない―
『TO 雷』
薄暗い倉庫。
もう自分には馴染みとなったそこで、ランボは膝を抱えていた。
ぐす、と鼻を啜る音がやけに響き、今だ止まらない涙が膝を濡らす。
この倉庫は自分と、そしてもう一人だけが知っている場所だった。
泣き虫な自分が、隠れて泣く場所。
彼は何故かそれを知っていて、頃合いを見ては慰めに来てくれた。
大好きなブドウ味の飴を持って。
「……つなぁ」
いつも呼ぶ「ボンゴレ10代目」ではなく、まだ自分が幼かった頃に呼んでいた彼の名前を紡ぐ。
―今度はどうしたんだよ、ランボ。またリボーンに負けたのか?
いつもだったら聞こえる、そんな優しい声が聞こえない。
いつまでたっても、どれだけ待っても、彼は来ない。
それは当然だった。
だって彼は、もうここにはいないのだから。
ランボは再び、ぐすりと鼻を啜った。
ふと、頬に当たる生ぬるい風にランボは顔を上げた。
狭い倉庫に一つだけある窓が中ほどまで開いており、そこから湿気を含んだ風が入り込んでいるのだ。
雨が近いのだろう。
そう言えばツナは気象にも敏感で、風の中から雨や嵐の気配を読むことに長けていたっけ。
そんなことを思うランボは、窓を閉めるために立ち上がろうとした。
些細なことが全て、彼へと繋がってしまう。
涙で視界が滲む中一歩踏み出したランボは、しかし足元の箱に躓き、派手な音をたてて転んだ。
痛い、哀しい、寂しい。
くしゃり、と目元が歪むのが自分でもわかる。
その時、ふと視界の端に白いものが映りこんだ。
首を傾げ拾い上げると、それは一通の手紙のようだった。
真っ白な封筒には宛名も、差出人も記されてはいない。
ごし、と袖で涙を拭き、ランボは訝しがりながら封を開ける。
そして、息を呑んだ。
そこには、見慣れた大好きな字が並んでいたから。
『ランボへ
きっとまた、ランボは泣いているんだろうね。
俺はさ、皆が、ランボが笑っているのを見るのが大好きだよ。
だから、すぐじゃなくてもいい。時間がかかってもいいから、だからまた、笑顔を見せてほしいんだ。
俺はランボが、本当は強いってことを知ってる。
でもさ、ランボはすぐに泣くから、少し心配なんだ。
だけど、泣くことは悪い事じゃない。
次の一歩が踏み出せるなら、いくら泣いてもいいんだよ。
泣きやんだら顔を上げて、前を見て、どうか笑って。
皆が笑っていられることが、俺の幸せなんだから 』
ぱたぱた、と雫が便箋に落ちる。
差出人がなくてもわかる。
間違うはずのない10代目の、沢田綱吉の文字だ。
「ツナっ…ツナ……ツナ……!」
ぎゅ、と目をつぶって、ランボはただ綱吉の名前を繰り返す。
彼は、知っていたのだろうか。自分が死んでしまうことを。
だからこうして、手紙を残してくれたのだろうか。
彼が大切に想っていた人たちが、悲しみに立ち止まらないで済むように―
「貴方は……本当に他人ばかり、心配して……」
自分と同じくらい、彼が涙を流していることを知っていた。
だが自分のことで泣く自分とは違い、彼はいつだって、他の誰かの為に泣く。
そんな彼が大好きで、大切で、ずっと一緒にいたいと強く強く願って―
それでも自分は、彼を守ることができなかった。
なのに彼は、綱吉はそんな自分を心配してくれる。
いつだって大空のように、包んでくれる。
そんなことを考えながら、ランボははっと顔を上げた。
「そうだ、貴方は……ツナは、大空なんだ……」
―泣きやんだら顔を上げて、前を見て、どうか笑って。
顔を上げた先にあるのは、大空。
ツナ、だ。
溢れる涙を止められず、ランボはただ涙を流し続けた。
泣きやむことができたなら、すぐにでも空を見上げよう。
そして貴方に、笑顔を見せます。
オレはそれが貴方の幸せだって、知ってるから。
すぐに前を向いて歩きだすから、だから、今だけ泣くことを許して下さい―
遠くで雷が光り、低い音を響かせる。
しかしランボは一歩も動かず、その場所に立ったままだった。
もう、大丈夫。
哀しいのも、寂しいのもなくならないけど
貴方をまた、見つけることができたから。
心配しないでいいよ。
ちゃんと前に、進んでいける。
だから見ていて。
強く、なるからー