遠くで、太鼓の音が響いた。
ざわめく人ごみの中で、からころと小さく下駄が鳴る。
ぼんやりと光る提灯が、夕闇の迫る空で揺れていた。
『祭囃子』
「良かったスね。晴れて」
煙草を銜えたまま獄寺が笑うと、ツナも笑顔で頷いた。
「ほんとにね。昨日まで雨だったから、中止になるかと思ってたよ」
浴衣を着た小さな女の子が下駄を鳴らしてはしゃぐのを見ながら、ツナはもう一度、よかったねと言った。
今日は、町で一番大きな祭りの日だった。
薄暗くなり始めた神社の敷地にいくつもの出店が並んでいる。
この雰囲気だけでもわくわくするなぁ、とツナは口元を緩めた。
ゆっくりとした速さで足を進め、店を覗いて回る。
美味しそうな匂いが流れてくる店も、きらきらとした飾り物を売る店も、沢山の人で溢れていた。
獄寺とツナは専ら食べ物の店へと足を向け、気に入ったものを買っていく。
何週かして、食べ物を抱えた二人は人込みから離れた。
「ふぅ、ほんと凄い人だよね」
ツナが疲れたような、それでも心底楽しそうな笑顔を浮かべて獄寺を見上げた。
その手にはフランクフルトとりんご飴そしてイカ焼きの包みがある。
同じものを手にした獄寺が応じる。
夏祭りのような花火は無いけれど、そのかわり盆踊りがあった。
遠くから太鼓の音が響いている。
「獄寺君、盆踊り見る?」
「はい、是非」
獄寺の嬉しそうな声にツナは笑みを深くして、そのまま林の方へと歩き出す。
獄寺はそんなツナの後を、少し首を傾げて追いかけた。
「十代目?こっちなんですか?」
「そう。俺、近道知ってるんだ」
いたずらをする時のような笑顔で、ツナは振り返った。
そしてフランクフルトを一口齧る。
「どうしてこういうとこで買う食べ物って、こんなに美味しく感じるんだろうね」
「そういやそうッスね」
素朴な疑問と食べ物を口にしながら、二人は静かな林を歩く。
先ほどまでのそうぞうしさが嘘のような静寂に、時折太鼓の音が響いていた。
「ねぇ、獄寺君」
ふと、前を向いたままツナが言った。
「何ですか、十代目?」
獄寺の声に、しかしツナは足を止めず前へと進む。
静かなまま一歩、二歩、そして前を向いたまま、言葉を続けた。
「……ありがとね」
「十代目?」
獄寺の位置からは、僅かに俯いたツナの後ろ姿しか見えない。
「俺さ、今凄く楽しいんだ」
ツナの声は何処までも優しい色をしていた。
獄寺は一歩、ツナへと近づく。
「今までは祭りに行かなかったんだ。行く人もいなかったし」
そう、誰も一緒に行く人がいなかった。
だけれど今年は、違う。
一緒に行きたい人が、いた。「獄寺君、一緒に来てくれてありがとう」
くるりと振り返ったツナは、目を細めて笑っていた。
淡い月の光が木々の間から洩れるのをその身に浴びて、本当に幸せそうに笑う。
獄寺はぎゅ、と拳を握った。
「いいえ、お礼を言わなくてはならないのは俺の方です。俺は貴方から、沢山楽しいことを
教えていただきました。祭りも、雪合戦も、花見も、全部全部楽しかったんです。
全部、初めて知ったんです」
そう、日本に来るまでは全てはマフィア界の知識で。
それだけあれば良かったのだ。
十分だと、思っていたのだ。
でも、この場所で。
彼とこうして出逢い、知った沢山の想い。
獄寺はツナと同じように笑った。
「十代目、ありがとうございます」
その獄寺の言葉にツナは一瞬驚いたように目を見張って、しかしすぐに温かな笑顔を浮かべた。
獄寺の一番好きな笑顔。
「……うん」
二人で笑い合って、今度は並んで歩きだす。
祭囃子が、近くなった。
「行こう、獄寺君」
「はい」
きゅ、と繋いだ手のひらは、とても温かかった。
一人では、知らなかったこと
君といて、知ったこと
大切な大切な、優しい想いをありがとう