キィン、と金属の音が高らかに響く。
高く上がる白球、大きな歓声。
午後の陽ざしが降り注ぐ中、グランドでは野球部の練習試合が行われていた。
「君の手」
「うわ、さすが山本だね〜」
球を打ち上げた友人を見つめ、ツナは感嘆を洩らす。
グランドの傍、木が日光を遮る段差にツナは座っていた。
隣には、面白くなさそうに顔を顰めた獄寺が座っている。
「あれ位、俺なら町の外まで飛ばして見せます」
「いや、さすがにそれは無理だから」
ツナは不機嫌な口調の獄寺に笑みを零す。
獄寺は胸ポケットから煙草の箱を取り出し、慣れた手つきで一本手に取った。
そして鈍く光るライターで火をつける。
そんな様子をじっと見つめるツナに気づいた獄寺は、慌てて言葉をかけた。
「十代目、どうかしましたか?もしかして煙、そっちに流れてますか!?」
そんな獄寺に、ツナも慌てて首を振る。
「あ、大丈夫!ちょっと、かっこいいなって思ってただけだよ」
「か……」
思いもよらぬツナの言葉に、獄寺は顔を赤くする。
それに気づかないツナは、にこりと笑って頷いた。
「うん。ライターで火をつけてるのって、なんかかっこいいよね」
―ライターですか……
がくり、と肩を落とす獄寺を、ツナは不思議そうに見やる。
「どうかした?獄寺君」
「い、いえ!ライターなんて簡単ですよ」
そう言って獄寺は、ツナに見えるようにライターで火を灯す。
目を見開くツナに、獄寺は笑いかけた。
「やってみます?十代目」
「え、でも……」
ひやりと冷たいライターを手のひらに置かれ、ツナは戸惑ったようにそれを見つめる。
自慢ではないが、ライターを触るのは初めてだ。
マッチですら理科の実験で使っただけ。
しかし少しだけ興味があったので、ツナは獄寺の真似をしてライターの側面をこする。
だがその先に炎は現れない。
「あれ?」
「ちょっとこつがあるんです。勢いをつけて……」
獄寺の助言通りに再度指を動かす。
すると今度は、ゆらめく炎が灯った。
「わ、できた!ありがと獄寺く……あつっ」
「十代目っ!?」
嬉しさにはしゃぐツナは、指先に触れた炎に身を竦ませる。
軽い音をたてて、ライターがアスファルトの上へと転がった。
獄寺がツナの腕を引き、すぐ側にあった水道へと走る。
「大丈夫ですかっ!?」
「う、うん。大丈夫だよ。ごめんね」
水道の水でツナの指先を冷やしながら、獄寺は心配そうに傷を見る。
それは大したものではなく、微かに赤みを帯びていただけだった。
獄寺が安堵の息をつくのを背中に聞き、ツナは申し訳なさそうに彼を仰ぎ見る。
「ありがとう、獄寺君」
しかし、獄寺の耳にその言葉は届いていなかった。
水の中、ツナの手をそっと握る獄寺はその温かさを感じながら、自問する。
彼の手は、こんなにも小さかったのか。
いつも自分たちを守るために彼は、強く、強くその手に炎を灯して戦う。
しかし今自分の手の中にあるのは、とても小さな手。
包むこの手のひらよりも二周り程は小さいだろう、主の手のひら。
いつだったか、自分の陶酔する彼の戦いをこう表現した者がいた。
―一度だって、喜んで闘っていない
―いつも眉間にシワを寄せ、祈るように拳をふるう
それは確かに真実だ。
「……」
獄寺は無言のまま、瞳をゆがめた。
彼を守りたい。
でも、自分は彼を闇の世界へ連れ込もうとしているだけだ。
本当に彼に似合うのは硝煙の匂いでも、どす黒い血の色でもなくて―
この手のひらと同じ温かさをもつ、木漏れ日の世界。
「獄寺、君……?」
ツナが獄寺を呼ぶが、返事はない。
ツナは首を捻り、背後の彼へと目を遣った。
そして水に浸っていない手を獄寺の背へとまわす。
その温かさは、獄寺の沈んでいた思考を一気に浮上させた。
「じゅ、代目……?」
まるで抱きしめられているような格好で、獄寺は戸惑いがちに言葉をかける。
「なんか、獄寺君が泣きそうに見えた、から……」
小さく呟かれた言葉に、獄寺は息をのむ。
ツナは何度か口を開いたり閉じたりを繰り返し、そしてゆっくりと続けた。
「俺、皆がいるから戦えるんだ。皆とずっと一緒にいたいから、ずっと一緒に笑っていたいから、
だから強くなれるんだよ」
獄寺は何も言えず、しかしかろうじてはい、と頷いた。
「そしてその皆の中には……獄寺君も、いるんだよ」
はっと目を見張る獄寺に、ツナは優しく笑った。
「だから、そんな顔しないでよ」
「…はい……はい……」
獄寺は、ともすれば震えそうになる声を必死に宥め、頷いた。
誰よりも強い人。
誰よりも優しい人。
そして、自分に温かさを教えてくれた人。
そんな彼の傍にいられることは、どれ程幸福なことだろうか。
―必ずお守りいたします。どんな世界でも、貴方の温かさが消えないように
決して違えぬ誓いをたて、獄寺はツナに聞こえぬよう風に紛れるような声で呟いた。
「これからも、ずっとお傍に……綱吉さん」
決してその手を、離さない。
貴方がそれを、望むなら。