気がつけば、冷たい風はほんの僅かに暖かくなっていて
マフラーもコートも必要がなくなって
ああ、春が来るのだと感じた
もうすぐ、貴方に出逢って一年になるのだ、と
『君がくれたもの』
うぅー、と長時間同じ体勢でいたために固まってしまった体を伸ばし、ツナはふぅと息をついた。
「お疲れ様です、10代目」
にこやかに笑う獄寺に対し、ツナも笑顔を浮かべる。
「獄寺君こそ。ごめんね、毎回毎回宿題でお世話になっちゃって」
「とんでもない!10代目が頼って下さることが俺にとっての幸せですから!」
そんな獄寺の言葉にツナは苦笑を返し、終わったばかりの宿題を片付け始める。
一人では絶対に終わらなかったであろうそれも、休日にわざわざ家まで来てくれた彼のおかげで無事終えることができた。
「ありがとね、獄寺君」
ツナがもう一度礼を言うと、獄寺は嬉しそうに笑みを深めた。
まだ昼間と言っていい時間帯だ。
家の前ではしゃぐ子どもたちの声を聞きながら、ツナは教科書の類を机の本立てに仕舞いこむ。
ふと聞き慣れた声を耳にしてツナが窓を開けると、イーピンとランボが道路を走り回っていた。
またランボがいたずらでもしてイーピンに怒られているのだろう。
「二人とも、車に気をつけろよー!」
二階の窓から叫ぶツナに、二人が両手を振って了解をしめす。
その様子に笑みをのせたまま、ツナはいつの間にか隣に立っていた獄寺へと視線を向けた。
「まだ、外はちょっと寒いね」
開け放された窓から入り込む風に肩を縮めて、ツナは窓を閉じる。
ずいぶん暖かくはなってきたものの、まだ春とは言い難い気温だ。
早く春になって暖かくなればいいのにと思いながら、ツナはふとあることに気がついて獄寺を見遣った。
自分をじっと見つめてくるツナに対し、獄寺は小さく首を傾げる。
「10代目?どうかなさいましたか?」
「あ、いや、別に大したことじゃないんだけど……獄寺君と出逢ってから、もうすぐ一年なんだよなぁって」
「あぁ、そうっすね」
ニカリと笑う獄寺は、ツナがリボーンと会った後今の学校に転校してきた。
一年前は全く知らない人だったのだ。
ツナにとっての獄寺も。
獄寺にとってのツナも。
「なんかさ、あっという間だったなぁ〜」
ツナが床に再び腰を下ろし、後ろについた腕に体重をかける。
そんなツナの前に同じように座った獄寺が、そうですねと言葉を返した。
「いろいろなことがあり過ぎたもんね」
ツナが過去を思い出すように、瞳を細めて呟く。
本当に、いろいろなことがあった。
楽しいこと、しんどいこと、哀しいこと、幸せなこと。
それまでの自分には想像もできないような、いろいろなことが。
「はい。でも10代目は全部、しっかりと乗り越えてこられました」
「それは、皆のおかげだよ」
ツナが優しい笑顔で言う。
その言葉に、獄寺もまた柔らかな笑みを返した。
そしてしばらくの沈黙の後、獄寺がぽつりと言葉を零す。
「確かにこの一年、いろいろなことがありました。……でも、俺が一年間をこんなに早いと感じるのには、もう一つ理由がありますよ」
「え?」
ツナが小さく声をあげると、獄寺はふわりと笑う。
あぁ、そう言えば一年前は彼の隣で、彼のこんな笑顔を見れるとは思わなかったなぁと、ツナは頭の片隅で思った。
「俺、貴方と出逢ってから沢山のものをもらいました。沢山のことを知りました。花火があんなにも綺麗だってこと。夏の太陽の暑さ。雪遊びの楽しさ。
誰かと一緒にいることの喜び。……全部、貴方と出逢ってから知ったんです。とても、楽しかった。生きてるということが、こんなにも楽しいと思ったのは
初めてなんです。だから、俺にとってこの一年は過ぎるのがとても速かったです。楽しいことをやっていると時間が早く過ぎるって本当なんすね」
そう言って照れたように笑う獄寺を、ツナは嬉しいような、寂しいような気持で見つめていた。
彼の生きてきた道の全てを、ツナはまだ知っているわけではない。
少しずつでいい。
その背負った悲しみを、一緒に持てたならと思う。
「……俺もさ、君にはいろんなものをもらってるよ」
ツナはきゅ、と獄寺の右手を掴んだ。
ダイナマイトを操り、何時だって自分を守ってくれる手を。
何時だって差し出される、優しくて温かなその右腕を。
「ねぇ、獄寺君。きっと今年は、もっと速く過ぎるよ」
ツナが紡ぐ言葉に、獄寺が顔をあげた。
楽しいこと。
嬉しいこと。
たくさんたくさん、あげるから。
君が俺にこんなにも、楽しいや嬉しいをくれているように。
「はい。俺もそう思います」
ツナの中途半端な言葉を、それでも理解した獄寺が静かに告げる。
ツナと獄寺は顔を見合わせ、小さく笑った。
優しく、暖かく、幸せそうに笑った。
きらきら輝く毎日も
幸せで溢れる優しい時間も
この愛おしい心も
全部全部
君がくれたものなんだ