何度も何度も願った
叶うことはないと、わかっていたのに
それでも、どうしても
もう一度君に、逢いたかった
『君が奇跡』
こつこつ、とあまり聞き慣れない革靴の音が響く。
その足音に振り返ると、そこには10年分成長した山本の姿があった。
山本は手にしていたマグカップをツナに渡す。
「ほい、ツナ」
「あ、ありがとう」
ほんのりと温かいそれを受け取り、ツナは笑った。
ただ何となく眠れなくて、こっそりと部屋を抜け出した。
そしたら廊下で山本と会い、こうして彼の部屋に邪魔することになったのだ。
「ごめんね、こんな時間に……」
申し訳なさそうに眉を下げるツナの髪を、山本はかき回した。
「気にすんなって。一度に沢山のことがありすぎた。眠れないのも仕方がねぇよ」
あごに傷がある以外、彼は自分の知る山本と全く同じであった。
そのことが少し嬉しくて、ツナはくすくすと笑う。
そして白い湯気が上がるホットミルクを一口含み、ツナは目を細めた。
「山本上手なんだね。すごく美味しい」
「そうだろ」
笑みを浮かべる山本に頷いて、ツナは再びマグカップに口をつける。
ツナの座る大きめのソファに、山本も腰を下ろした。
「でもさ、何でこんなに上手なんだよ」
ツナがマグカップを少し持ち上げて見上げる。
料理が得意だという話は聞いた覚えがない。
しかし彼は寿司屋を手伝っていたくらいだ。
知らないだけで実はとても上手なのかもしれない。
そんなツナの予想とは異なり、山本はくつくつと笑いながら言った。
「練習したからな」
「練習?」
不思議そうに聞き返すツナに、山本は少し大人びた笑みを返す。
懐かしい過去を思い出す時の、ほんの少し切ない笑みを。
「そ。10年後のツナと一緒にな」
「俺!?」
予想もしなかった答えに、ツナは声を上げた。
眠れないときはホットミルクだね、と言った、優しい声が蘇る。
彼が眠れない夜は自分が、自分が眠れない夜は彼が、互いの為に作った。
最初は牛乳を焦がしてしまったり、蜂蜜を入れ過ぎてしまったりと失敗も多かったが、
今ではもう誰よりも上手に作ることができる。
彼が好んだ、この味だけしか作れないけれど。
「ツナ……ごめんな」
「山本?」
山本の声にツナが顔を向けると、山本は立てた膝に顔を伏せていた。
くぐもった声で、山本は続ける。
「守れなくて、ごめん」
その表情はツナには見えなかったが、山本はもしかしたら泣いているのかもしれないと、思った。
その声があまりにつらそうで、あまりにも悲しそうだったから。
ツナはソファの上で膝を抱える。
ツナが知る山本と、今目の前にいる山本の違う所に気がついた。
彼は、10年後の山本は、ひどく悲しい瞳で笑う。
ツナは、そっと顔を上げた。
「俺、こっちに急に飛ばされて、いろいろ……ショックなこともあったけどさ」
ツナが首を傾けて山本を見る。
怖くて、怖くて、だけど。
「嬉しかったことも、あるんだ」
山本の肩が、ぴくりと動いた。
山本がゆっくりと顔を上げる。
そこには決して変わることのない、山本の中に残っているツナの笑顔があった。
誰よりも温かくて、誰よりも優しい大好きな彼の。
「10年たっても山本は、俺の傍にいてくれるんだね」
ツナの言葉に、山本は瞠目した。
ずっと傍にいると誓ったのに、守ることができなかった。
そんな俺を、お前はまた笑って許してくれるのか。
またその温かな笑顔で、俺を救ってくれるのか。
「ありがとう、山本」
「当たり前、だろ」
10年どころかこの先ずっと、ずっと一緒にいるつもりだったのだから。
鼻の奥が、つきりと痛む。
お礼を言わないといけないのは彼じゃない。
俺だ。
「ツナ……」
ん?と首を傾げるツナに、山本は笑った。
彼が好きだと言ってくれた、太陽のようだと彼が言った笑顔で。
「俺の方こそ、ありがとな」
―こうして俺に、出逢ってくれて
逢いたいと願って、願って
そうして起きた刹那の奇跡
いつだって君が、俺にとっての奇跡なんだ