カリカリ、と用紙の上をペン先が滑る音がする。
窓枠に持たれて腕を組み、もう見慣れた背中を見つめた。
目の前の柔らかな栗毛の髪が、静かな風に揺らされた。
いつもとなんら変わらない、光景だった。

『いつか来る、その日には』

「リボーン」
今まで続いていた微かな音が止み、綱吉が椅子を僅かに回した。
そのまま体を捻って、リボーンへと顔を向ける。
「何だ、終わったのか?」
以外そうに問うリボーンに綱吉は乾いた笑みを浮かべ、ちょっと休憩、と呟いた。
そんな綱吉に、リボーンはため息をつく。
「そんなんじゃいつまでたっても終わんねえぞ、ダメツナ」
「だってさ、朝からずっとだよ?!ちょっとだけ、ね?」
目の前でパン、と合わされた手と、ぎゅっと閉じられた両の目。
リボーンは再び息をついた。
まぁ、仕方のないことだろう。
そう考え、「10分だけだ」と声に出すと、綱吉の顔が見る間に明るくなった。
その笑顔にほんの僅か緩んだ口元を、しかしリボーンは決して悟らせない。
「やったー」
気の抜けた歓声を上げ、綱吉は背凭れに全体重を預けた。
それでも音を立てることのない椅子は、先ほどよりほんの僅かリボーンの方へ向きを変える。
二人の間には、沈黙が降り下りる。
暫くして口を開いたのは、綱吉だった。
「なぁ、リボーン」
「なんだ?」
答えると、綱吉が笑っていた。
答えると、綱吉が笑っていた。
いつもより瞳を細めて、優しく、綺麗に笑っていた。
「いつか、の話だよ?もしも、もしもいつか俺が……」
リボーンが少し顔を上げて、綱吉の瞳を見た。
どれだけの時間がたっても変わらない、明るい木漏れ日を宿した瞳がそこにある。
「俺が死んだら、どうする?」
笑顔で問われた言葉に、リボーンは少しだけ目を見開いて、すぐに細めた。
いつか、それは確実に来る未来。
自分が先か、彼が先かはわからないけれど。
人が必ず背負う宿命。逃げられない運命。
そしてそれは、この闇に生きる自分たちには至極近いものなのだ。
リボーンは静かな瞳のまま、綱吉を見つめる。
答えは、決まっていた。
それはもう、ずっと昔から。
「追いかけるさ、何処まででも。死んだからといってこの俺から逃げられると思うなよ」
何処までも、何処までも。
この世界の果てでも、地獄の底でも。
彼がいる場所だけが、自分の居場所なのだ。
口端を上げて紡がれた言葉に、綱吉は一瞬目を見張った。
そして小さな音をたてて、椅子の向きを机に近づける。
「……さっすが、リボーン。そこまで追いかけてこられたら、俺、絶対逃げられないな」
逃げるつもりなんて、ないけどさ。
ぽつりと呟かれた言葉が、リボーンの耳に届く。
リボーンの立つ場所からは、綱吉の俯いた横顔だけが見えた。
綱吉は、笑っていた。
至極嬉しそうに。
至極幸せそうに。
そしてとても、哀しそうに。
その表情の理由がわからずリボーンが問おうとした時、綱吉がよし、と声を上げた。
「休憩終了!」
再びペンを持つ彼に問いかけるタイミングを逃したリボーンは、仕方なく先ほどと同じように窓枠へと背中を
預けた。

「お前は、こうなることがわかっていたのか?」
黒づくめの青年が、同じく漆黒の帽子を目深に被り呟いた。
目の前には、一つの棺が横たわる。
目を閉じれば蘇る、いつもの変わらない日々。
ふいにほんの少し前の記憶が、彼の声が、耳を掠めた。
『俺が死んだら、どうする?』
「追いかけてやるよ」
リボーンはそう言って、棺に手を伸ばした。
とん、と軽くそれに触れて、リボーンは静かな瞳で続ける。
「この俺から逃げられると、思うなよ」
揺れた景色の中、栗毛の髪が揺れるのを見た気がした。
その後、黒で身を包む彼のヒットマンを見た者は、誰もいなかった。