からから、と小さい鐘が音をたてる。
ぱん、と手を合わせて目を閉じ、その後でこっそりと隣を盗み見た。
やけに真剣な顔で手を合わせる、見慣れた横顔があった。

『初詣』

冬真っ盛りの冷たい空気が頬を撫でる。
コートとマフラー、手袋と防寒対策はばっちりだが、顔が寒いのは防ぎようがない。
ツナは鼻先までマフラーに埋めて、その寒さに耐える。
そして上目づかいで辺りを窺うと、前方からこちらに駆けてくる友人と目があった。
「わり、ツナ」
駆け寄ってきた山本にツナはいいよ、と笑みを向ける。
それまでツナが背凭れ代わりに使っていた壁に、山本は手をついて乱れた息を整えた。
「そんなに急いで来なくても……」
「いや、ツナを一人待たせるってのもなぁ」
ニカッと笑う山本に、ツナは苦笑を零す。
第一、実はまだ約束の時間まで5分はあった。
「じゃ、行こうぜ」
「うん」
さすがというべきか、僅かな間で回復した山本がツナを促す。
ツナは頷いて、二人並んで神社の敷居を跨いだ。

初詣に行こう、そう言って誘いをかけたのは山本だった。
ツナはもちろん二つ返事で了承し、人が多いと大変だという理由から三日に行こうという約束となったのだ。
さすがに元旦から三日過ぎているだけあり、人は疎らだ。
ツナは周囲を見回して、小さく笑った。
「さすがにもう、出店とかもないねぇ」
「だな。どうせだからどっかで何か食べていかね?」
「そうだね」
他愛ない会話をしながら、砂利道を歩く。
石の擦れ合う小さな音は新鮮で楽しかったが、歩きにくさには多少困った。
「わわっ」
ツナが声を上げる。
気をつけていたはずなのに、足元を転がる小石にとられてしまったのだ。
バランスを崩しかけた小さな体を、山本がひょいと支えた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがと……」
新年早々ダメツナ振りを発揮してしまい項垂れるツナの頭を、山本の大きな手がかき回す。
「ちょ、山本!」
「はは、人の頭が温いってホントなのな〜」
そういう彼の手は、手袋をつけていなかった。
「山本、手、冷たくない?」
「ん〜、ちょっとな」
頭を通して、山本の手の冷たさが伝わってくる。
ツナは山本の手を手袋を外した己の手で包みこんだ。
「お〜、あったけぇ」
「今度から手袋しなよ?」
ツナと山本の温度が混ざり合い、一つの温度になった。
暫くそうしていて、ツナははい、と声をかけ手を放した。
「早くお参りして、何か温かいもの食べようよ」
そう言って歩き出すツナの後ろを、山本が笑ってついて行く。
賽銭箱に5円玉を放り込み、からからと小さな鐘を鳴らして二人手を合わせた。
どれ位そうしていただろう。
二人は示し合わせたかのように同時に顔を上げ、互いに目を向けた。
そして口元に笑みをのせ、少ない段差に足をかける。
「ツナはどんな願い事をしたんだ?」
再び砂利道を、先ほどとは反対方向へと歩く中で山本が問いかける。
ツナはあ〜、と何処か遠くを見るような眼で、ぼそりと呟いた。
「……今年一年は、平穏でありますように」
なんだそれ、と明るく笑う山本をツナは見上げた。
柔らかい笑みを浮かべて、山本に問いを投げ返す。
「山本は?」
「おれ?」
こくりと頷くツナに対し、山本は笑みを深めた。
わくわく、という効果音が見えそうな笑顔に、頬が緩む。
「……ないしょ」
「え〜!」
とたん上がった不満の声を受け流し、山本は声を出して笑った。
本当は、知っているのだ。
ツナが願ったことの、本当の意味を。
平穏であることを願う彼は、誰も傷つかない世界を求めているのだ。
争いで仲間だけでなく敵も傷つけたくないと願う、優しすぎる彼の想い。
だが同時に、それは叶えられないであろうことも知っている。
だけどもう少し、知らないふりをしておこうと思う。
親友としてのこの場所で、彼の笑顔を少しでも守れるように。
「ほらツナ、なんか食べに行こうぜ?」
話題を変えられて釈然としないながらも、ツナは山本の後を追った。
笑顔で手を振る山本に一つ息をついて、ツナも笑顔を浮かべた。
きん、と冷え込んだ寒さの中でも、二つの笑顔は温かかった。

願い事は、ただ一つ
ずっと君の傍に居て、君の笑顔を守れるように
その優しい笑顔を守るこの場所だけは
誰にも、譲れない